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バイオグラフィー

カール・ラガーフェルド

ファッションアイコンであったカール・ラガーフェルドは、デザインの最先端をいく情熱的かつ的確なアプローチで世界中で知られる人物でした。謎に満ちた自然児であり、ファッションとポップカルチャーについてオリジナルのビジョンを持っていました。

ラガーフェルドは自身のブランドのクリエイティブディレクターを務めながら、シャネルやフェンディといったファッションブランドのクリエイティブ部門の監督を兼任。将来を見通すその才能は、ファッションだけでなく、イラストや写真、スタイリング、出版など多岐にわたっていました。

キャリア

1938年:カール・ラガーフェルドはドイツのハンブルクで誕生。

1954年:Secrétariat International de la Laine(国際羊毛事務局)が主催したコンテストにコートのスケッチを提出し優勝。コートの生産を請け負ったピエール・バルマンは、当時17歳だったカール・ラガーフェルドをアシスタントとして採用。

1957年:ファッションデザイナー、ジャン・パトゥのアートディレクターに就任。

1962年:近代のファッション業界における初代フリーランスのひとりとして、フランス、イタリア、イギリス、ドイツで活動。

1965年:フェンディと契約。このコラボレーションは現在も継続。

1964年:クロエと契約。

1975年:自身のブランドを設立することなく、ファッションデザイナーとして初めてフレグランスCHLOEを発売。

1983年:シャネルのアートディレクターに就任。

1984年:シャネルやフェンディとコラボレーションを継続する傍ら、自身のファッションブランド、カール・ラガーフェルドを創設。

1987年:カメラを手にオリジナルの広告キャンペーンの撮影を開始。以後フォトグラファーとしての作品も広く知られるようになり、多くの写真をアートブックとしてSteidlから出版。

1992年:ハンス・クリスチャン・アンデルセンの童話、はだかの王様のイラストをカラーで60枚制作。

1999年:7Lという書店をパリにオープン。1年後、視覚的な知識や写真関連の書籍に特化した出版社EDITIONS 7Lを発足させ、出版者としてもスタート。

2000年:独自のダイエットで42キロの減量に成功しイメージチェンジ。その後まもなく体験が綴られた本、The 3D Dietが出版され、世界中で数万部におよぶ売り上げを記録。

2004年:デザイナーとして世界で初めて、ファッション業界の大手H&Mより30アイテムのカプセルコレクションのためのコラボレーションを依頼され契約。

2008年:フランスを代表する辞書Le Petit Larousse Illustréが、カール・ラガーフェルドの名前を掲載。

2010年:ニューヨークのファッション工科大学(FIT)のCouture Council Fashion Visionary Awardを受賞。

2012年:ドイツの新聞Frankfurter Allgemein Zeitungの付録のF.A.Zに、特注の風刺画を毎月提供。

2016年:振付師や監督として知られるバンジャマン・ミルピエの依頼で、Brahms-Schönberg Quartetのためにパリの歌劇場、オペラ・バスティーユで使用される衣装をデザイン。

2017年:パリを代表するホテル、オテル・ドゥ・クリヨンのゴージャスなスイートルーム2室をデザイン。ブリティッシュ ファッション アワードの「Outstanding Achievement Award(功労賞)」と、WWDのジョン・B・フェアチャイルド賞を受賞。

2018年:国際的なモデル、カイア・ガーバーとのコラボレーションを実現し、KARL LAGERFELD X KAIAコレクションを発表。マカオの290室ある6つ星ホテルをデザイン。

2019年:2月19日、パリで他界。

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